陽の当たる道を目指す

過去の体験談とか趣味の話をつらつら書いてきます。本の話がやや多めかも。暇つぶしくらいにはなれるように頑張ります



徐々に明かされる衝撃の真実にウツになる!『わたしを離さないで』

今更ですが読みました!

ノーベル文学賞も受賞したカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』

 

主人公はキャシー・Hという女性。この人の独白というようなかたちで物語は始まります。

冒頭で介護人をしていると自己紹介をしますが、老人ホームなんかで働くような、普通の介護士ではないことはすぐにわかります。

そのまますぐに学生時代を過ごした、ヘールシャムという場所の回想に入ります。

ここでも保護官、とか展示会、などというワードが登場し、普通の学校ではなさそうであることはわかります。

 

物語が進むにつれて、次々に驚愕の事実が明らかになっていくのですが、その伏線の回収が本当にお見事です。

そして、明らかにされる事実はすべて切なく、読めば読むほどユウウツな気分になっていきます。

 

以下少しネタバレ込みで書きます。

まあ、文庫本の裏にも書いてありますけどね。

 

 

主人公らヘールシャムにいる学生たちの正体は、主人公らが将来について、映画俳優になりたいなどと話している場面で、保護官(先生)の発言により明らかになります。

あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。いえ、中年もあるかどうか‥。いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。ビデオで見るような俳優とは違います。わたしたち保護官とも違います。あなた方は一つの目的のためにこの世に産み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません。

なんという残酷な真実!

そして、主人公らはうっすら気付いていたようで、それを意外にあっさりと受け入れます。それがまた切ない。

 

伏線が見事で、印象に残っている場面を書きます。

ヘールシャムの生徒も性に目覚め始め、主人公のキャシーが倉庫で見つけたポルノ雑誌を読んでいるところを、男友達のトミーに見られるシーンがあります。そこで、トミーはキャシーがじっくり眺めるわけでなく、パラパラと流して見ていることに疑問を持ちます。

それからしばらくして、キャシーの女友達のルーシーのポシブルを見たという人物が現れます。ポシブルとは提供者のコピー元のこと、つまり彼らの親です。

真偽を確かめるために早速キャシー、ルーシー、トミーらはポシブルがいるというオシャレなオフィスへ向かいます。

しかし、確かに外見はルーシーに似ていますが、じっくり観察すると、別人であることがわかります。

がっかりしたルーシーは「わたしたちの『親』はああいう普通の人じゃない‥」と言ったあと、続けてこう言います。

みんなわかっているんでしょ?わたしたちの『親』はね、くずなのよ。ヤク中にアル中に売春婦に浮浪者。犯罪者だっているかもしれない。

また1つ明らかになる事実。そしてさらに切なくなる。彼らはわかっているんですね。でも辛くなるからあえて言わない。そんな事実がこんな感じで明らかになっていきます。

そしてここで、トミーはキャシーがポルノ雑誌を流し読みしていたことを思い出します。あれは、性的欲求を満たすためではなく、『親』を探していたのではないかと。

もっともこれについては、語り手のキャシーからこれ以上語られないので、真偽はわかりませんが。

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

そりゃノーベル文学賞取るわ!って感じの見事な構成とテーマです。

再生医療も急速に発展している今、思っているよりずっと早く、こういうことが可能な世界になるかもしれません。

 

ラストシーン、元ヘールシャムの保護官で、提供者を人道的、文化的な環境で育てるよう運動したエミリ先生はこう言います。

癌は治るものと知ってしまった人に、どうやって忘れろと言えます?不治の病だった時代に戻ってくださいと言えます?そう、逆戻りはあり得ないのです。あなた方の存在を知って少しは気をとがめても、それより自分の子供が、配偶者が、親が、友人が、癌や運動ニューロン病や心臓病で死なないことのほうが大事なのです。 

悲しいなぁ・・・と思いながら読んでましたけど、結局そういうことなんでしょうね。

 

あとがきで訳者は、エミリ先生は教え子の提供を受けるのかどうか疑問を投げかけていますが、どうでしょうね。

提供者は臓器提供を出来るのは2、3回で、命を落とすことを「使命を果たす」と表現しています。間違いなく人の役には立っていますが、提供者にとってこれは幸福なことなのか。

そしてタイトルの「わたしを離さないで」

キャシーの好きな音楽のタイトルで、作品の中で2回登場してきますが、何を暗示しているのか。

 

読書感想文は書きやすそうです。

といっても、何度もセックスという単語が出てくるので、中高生には不向きでしょうが。

 

 

 

閉ざされた空間で残酷な話というと

 

ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)

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↑これを思い出す。これもキツい。

 

あと別に残酷ではないけど、陰鬱とした感じは、

 

ハツカネズミの時間(1) (アフタヌーンKC)

ハツカネズミの時間(1) (アフタヌーンKC)

 

 ↑これも少し思い出す。

この作者の漫画では珍しくあっさり完結しました。

 

というわけで以上です。